SES・ITエンジニア SES業界ガイド・特集
あなたの退職を営業が引き止める本当の理由|撤退コストの計算式
SESエンジニアの退職を会社が引き止める理由を「単価×稼働−給与=粗利」の計算式から構造として解説。「後任を立てるまで待って」「昇給する」の定型句の裏で動く損益と、契約更新の切れ目に合わせた円満退職の実務を、SES仲介の現役事業者が開示する。
断言する。引き止めは、情ではない。計算である。あなたが退職を申し出た瞬間、会社の中で動き出すのは感情ではなく電卓だ。あなたという一人のエンジニアが現場に座っている限り、毎月決まった日に決まった額の売上が会社に入る。退職とは、そのキャッシュフローの停止宣告である。だから会社は止める。止める強度は、あなたへの愛着ではなく、あなたが生んでいる粗利の太さで決まる。
先に立場を明らかにしておく。本サイト運営者はSES仲介の現役事業者である。エンジニアの退職連絡を受ける側として、そのとき机の向こうでどんな計算が走るのかを日常業務として見ている。本稿は特定の誰かの話ではない。業界の構造の話だ。その計算式を、そのまま開示する。
計算式はひとつ — 単価×稼働−給与=粗利
SESのビジネスモデルは単純である。あなたの単価×稼働が売上。そこからあなたの給与と法定福利費等を引いた残りが粗利。仮に単価70万円、給与と社会保険料の会社負担分で40万円なら、あなたは毎月30万円の粗利を会社に置いていく。年間で360万円だ。営業が新規の商談を一件も決めなくても、あなたが現場に通うだけで入り続ける金である。単価相場2026で整理した還元率50〜60%という業界慣行は、裏返せばこの粗利の設計図にほかならない。
この式から、引き止めの強度は機械的に導ける。単価が高く、稼働が安定していて、給与が相対的に低いエンジニアほど、強く止められる。逆に、アサインの決まっていない待機中のエンジニアの退職は、拍子抜けするほどあっさり受理されることがある。粗利がマイナスだからだ。引き止めの温度差に傷つく必要はない。あれは人格の評価ではなく、損益計算書の反応である。
「後任を立てるから待って」が意味するもの
退職を切り出すと、高い確率でこの言葉が返ってくる。「後任を立てるから、それまで待ってほしい」。一見、現場への誠実な配慮に聞こえる。だが分解すると、二つの計算が入っている。
第一に、後任提案は簡単には通らない。発注側は「代わりの誰か」を無条件で受け入れるわけではない。スキルシートの提出、面談、受け入れ判断。この間に枠が空けば、売上はゼロになる。後任が決まるまであなたを現場に留めておけば、キャッシュフローの停止を先送りできる。待ってほしいの主語は、現場ではなく売上である。
第二に、発注元との関係維持コストだ。SES営業にとって、稼働中の枠は次の枠を取るための営業チャネルでもある。「あの会社は人が急に抜ける」という印象がつけば、次の提案の通りが悪くなる。つまり「現場に迷惑がかかる」の実体は、多くの場合、営業の信用問題なのだ。あなたが背負うべきものと、会社が背負うべきものは、そこで分かれている。
引き止めの定型句と、その裏の計算
| 定型句 | 表の顔 | 裏で動く計算 |
|---|---|---|
| 「今抜けたら現場に迷惑がかかる」 | 責任感への訴え | 迷惑の主たる受け手は営業の信用。発注元との次の取引に響く |
| 「後任を立てるまで待ってほしい」 | 引き継ぎへの配慮 | 後任の面談が通るまで、売上停止を先送りする時間の確保 |
| 「次はもっと良い案件を用意する」 | キャリアへの配慮 | 好条件の原資は以前から存在した。退職の意思表示で初めて放出された |
| 「昇給を検討する」 | 評価の見直し | これまで払えたのに払っていなかった額の開示 |
最後の一行を、もう一度読んでほしい。引き止め局面で提示される昇給は、あなたが退職を切り出して初めて出てきた数字である。ということは、その原資は前から会社の中にあった。あなたの単価と給与の差分——粗利——の一部を削って出しているにすぎない。この提示を受けて残るのも選択のうちだ。ただ、「言わなければ払われなかった」という事実だけは、記憶しておいて損はない。
円満退職の実務 — 感情ではなく契約の切れ目で動く
構造がわかれば、打ち手は明快になる。押さえるべきは三つである。
- 退職日は契約の切れ目に合わせる。SES契約は1〜3ヶ月単位の更新が通例で、更新のタイミングで抜ければ会社側の調整コストが最小になり、引き止めの根拠そのものが細る。更新可否の確認は期日より前に始まるのが通例だから、その前に意思を固めておくこと。
- 退職の意思は、営業担当ではなく、雇用契約の相手である会社(上長や人事)に、記録の残る形で伝える。営業は現場との調整窓口であって、あなたの雇用主ではない。営業への相談ベースの打診は「調整」の対象にされやすい。なお、申し出の時期など法律上の細部は雇用契約や就業規則によって異なるため、一般論を超える判断は専門家に確認してほしい。
- 提示された昇給は、金額そのものより「自分の単価と給与の差分」を測る物差しとして使う。差分が大きいと感じたなら、その差分を自分で取りにいく選択肢を検討する材料になる。独立すべきかどうかの判断基準はフリーランス分岐点に整理した。
結論 — 計算には計算で応じる
繰り返す。引き止めは計算である。ならば、応じる側も計算で応じればいい。会社があなたの粗利を計算しているように、あなたも自分の市場価値と、いまの給与と、その差分を計算する。計算の結果、残る方が得なら残ればいいし、出る方が得なら出ればいい。感情の綱引きに付き合う義理はない。
そして計算の精度を上げる最短の方法は、外の相場を知ることだ。正社員のまま単価と給与の差分を縮めたいなら、IT転職エージェント比較から始めるのが本筋である。差分そのものを自分の口座に着地させたいなら、フリーランスエージェント比較も併せて見ておくといい。机の向こう側の計算式は、もうあなたの手の中にある。
FAQ よくある質問
退職を申し出たら「後任が決まるまで待ってほしい」と言われました。待つ必要はありますか?
一般論として、後任の確保は会社側の業務であり、後任が決まるまで退職できないという仕組みはありません。ただし退職日をSES契約の更新の切れ目に合わせると、会社側の調整コストが下がり円満に運びやすくなります。申し出の時期など具体的な扱いは雇用契約・就業規則を確認し、不安があれば専門家に相談してください。
引き止めで提示された昇給を受けて残るのはありですか?
選択肢としては十分ありえます。ただしその昇給の原資は、あなたの単価と給与の差分(粗利)として以前から会社の中に存在していたものです。金額だけで判断せず、単価と給与の差分がどこまで縮まるのか、担当工程やキャリアの伸びが見込めるのかを併せて確認したうえで決めるのが得策です。
退職の意思は現場を担当する営業に伝えれば足りますか?
雇用契約の相手はあくまで所属会社です。退職の意思表示は営業担当への口頭相談ではなく、会社(上長や人事)に記録が残る形で伝えるのが実務の基本です。営業は現場との調整窓口であって雇用主ではないため、相談ベースの打診だけでは手続きが進まず、引き止め交渉の入口として扱われることがあります。