SES・ITエンジニア SES業界ガイド・特集
SES経歴書の「盛り」問題—経歴詐称はなぜ起きるのか、自衛の方法
SESの経歴書はなぜ「盛られる」のか。待機コスト・多重下請け・営業インセンティブという構造要因を現役仲介業者が解説し、2026年最高裁確定の賠償事例、発覚時のリスク、正直な経歴で単価を上げる方法まで示す。
まず数字を見てほしい。レバテックフリーランスの公開データによれば、システムエンジニアの平均月額単価は72万円、プログラマーは66万円、ITコンサルタントは103万円である。スキルシートに書かれた一行が、月に数十万円の差を生む。この単純な事実こそが、SES業界に「経歴の盛り」という病を生み続けている土壌だ。
先に立場を明かしておく。本サイト運営者は、東京でSES仲介を営む現役の事業者である。この業界の内側で、経歴書がどのように「盛られ」、どのように破綻していくのかを、何度も見てきた。今日はその構造の話をする。個人の倫理を責める話ではない。仕組みの話である。
「盛り」はモラルの問題ではない。構造の問題である
SES企業はエンジニアを正社員として雇用する。現場が決まらない月も給料は出る。つまり一人が一か月売れなければ、その分がまるごと赤字になる。これを業界では待機コストと呼ぶ。営業担当の頭の中では、「早く売る」ことと「高く売る」ことが常に最優先事項として点滅している。
そしてSESの商流では、エンジニアの価値はほぼスキルシート一枚で決まる。発注側の担当者に見えるのは、人柄でも潜在能力でもない。経験年数と技術キーワードの羅列だけだ。「Java実務3年」と「Java研修のみ」では、提案できる単価がまるで違う。テスト工程しか経験のない要員を「開発経験あり」として提案できれば、月の売上は10万、20万単位で変わる。営業インセンティブは、常に「盛る」方向に働く。
多重下請け構造が、これに拍車をかける。エンド企業から元請け、二次請け、三次請けと商流が深くなるほど、間に入る各社がマージンを抜き、同時にエンジニアの「顔」は見えなくなる。顔が見えないからこそ、紙の経歴がすべてになる。公正取引委員会が2022年に公表したソフトウェア業の実態調査でも、この多重下請け構造の弊害は公式に指摘されている。盛りたくなる構造が、業界の設計図にあらかじめ書き込まれているのである。
2026年2月、最高裁が線を引いた
この構造がどこまで暴走し得るか。象徴的な事件がある。弁護士JPニュースが報じた、いわゆる「闇SES」訴訟だ。
あるSES企業グループは、「未経験でも月給30万円以上」と謳って若者を募集し、面接で「この業界では経歴詐称が当たり前だ」と教え込んだ。入社者には数十万円の「プログラミングスクール」受講を強制した。だがその授業の中身は、技術教育ではなかった。業界歴5年から10年に詐称した職務経歴書の書き方と、専門用語の暗記、つまり面談を切り抜けるための詐称ノウハウの叩き込みだった。会社は詐称した要員を単価60万円で現場に送り込み、本人には30万円しか払わなかった。
2024年7月19日、東京地裁は経歴詐称の指示を「違法な業務命令」と断じ、スクールを「詐欺行為を実現するための手段」と認定した。2025年2月の東京高裁判決は賠償額を約769万円に増額し、2026年2月6日、最高裁が上告を退けて、遅延損害金を含む約872万円の賠償が確定した。司法が、この業界の悪しき「当たり前」に明確な線を引いた瞬間である。
注目すべき点がある。この裁判で救済されたのは、詐称を強要された側の従業員だった。だがそれは、強要の証拠が残っていたからだ。証拠がなければどうなるか。詐称の矢面に立たされるのは、現場で虚偽の経歴を語ったエンジニア本人である。
発覚した日、エンジニアは何を失うか
経歴詐称は、静かに、しかし確実に発覚する。現場で手が動かなければ一週間で疑われる。深掘りされた面談での受け答え、過去の商流で同じスキルシートを見た担当者の記憶。業界は思っているより狭い。そして発覚した日に起きることを、順に挙げる。
- 契約の即時終了。SES契約の多くは準委任契約であり、民法上、各当事者はいつでも契約を解除できる(民法651条・656条)。信頼が壊れた瞬間、現場は終わる。
- 待機、減給、そして懲戒。引き上げ後は待機となり、重大な経歴詐称は判例上、懲戒解雇事由になり得る。
- 損害賠償のリスク。虚偽経歴での参画によって発注側に損害が生じれば、債務不履行や不法行為として賠償請求の対象になり得る。
- 刑事責任のリスク。面談で自ら虚偽を語り報酬を得ていれば、詐欺罪(刑法246条)の成立が問題になり得る。法定刑は10年以下の拘禁刑である。会社主導であっても、「言わされただけ」で済む保証はどこにもない。
単価数万円のために積み上げた「盛り」は、発覚の瞬間、キャリアの残高をゼロではなくマイナスにする。これが帳簿の現実だ。
「盛れ」と言われた日のために—自衛のチェックリスト
それでも、あなたの会社の営業は今日も言うかもしれない。「みんなやってることだから」と。その日のために、やるべきことを書いておく。
- 指示を記録に残す。口頭で言われたら「認識違いがあると困るのでメールかチャットでください」と返す。前述の裁判で従業員側が救済されたのは、指示の証拠があったからだ。
- 書き分けを提案する。研修は「研修にて習得」、個人開発は「個人開発で使用」と書けばいい。実務と偽るから詐称になる。正確に書き分ければ、隠す必要も盛る必要もない。
- 面談での虚偽陳述は明確に拒否する。経歴詐称の指示は違法な業務命令であると、東京地裁は既に判断している。応じる義務はない。
- 外部に相談する。労働局、弁護士、あるいは信頼できるエージェント。高額な「スクール受講料」を天引きするような会社なら、なおさら急いだほうがいい。
- 離れる選択肢を持つ。詐称を前提としなければ稼働を作れない会社に、長期的な未来はない。ただし転職も契約も、最終的にはあなた自身の判断である。焦って決める必要はない。
正直な経歴のまま単価を上げる、現実的な三つの方法
その一。「盛る」のではなく「解像度を上げる」
断言するが、単価が低いスキルシートの大半は、嘘が足りないのではない。情報が足りないのだ。同じ経験でも、工程・規模・役割・数字を書き込むだけで、発注側の見え方は一変する。
| 盛った経歴(NG) | 解像度の高い経歴(OK) |
|---|---|
| Java開発経験3年(実態は1年) | Java実務1年。ECサイト改修案件(チーム6名)で詳細設計〜結合テストを担当。API改修12本 |
| AWS構築経験あり(実態は研修) | AWSは社内研修と個人開発で習得。EC2/S3/RDSで個人サービスを構築・公開中 |
| リーダー経験あり(実態は補佐) | リーダー補佐としてメンバー3名の進捗管理と顧客定例の議事進行を担当 |
右の書き方に嘘は一つもない。だが左よりも面談は通りやすく、通った後に破綻しない。これが複利で効く経歴の書き方である。
その二。商流を一段浅くする
多重下請けの各層では、一社挟まるごとに単価の一部が抜かれていく。仲介の現場感覚として言うが、同じスキルのまま所属や契約経路を一段浅くするだけで、手取りが月5万から15万変わる例は珍しくない。自分の商流が何次請けなのか、還元率は何割なのか。まず現在地を確認することだ。聞いて答えない会社は、それ自体が答えである。
その三。単価が伸びる技術に寄せる
レバテックフリーランスの公開データでは、言語別の平均月額単価はGo言語83万円、Python77万円、Java68万円と、言語の選択だけで月10万円以上の差がつく。経済産業省のIT人材需給に関する調査が示した通り、IT人材の不足は2030年に向けて拡大が見込まれており、需要の強い領域に半歩ずらすだけで、正直な経歴のまま単価カーブは変えられる。
面談側はここで見抜いている—「盛り」の3類型と発覚の瞬間
仲介の机の向こう側から、種明かしをしておく。面談する側は、盛りを疑ってかかっているわけではない。ただ、質問の設計が最初から、「盛り」が崩れる場所を通るようにできているだけだ。現場で見る「盛り」は、ほぼ次の三つに分類できる。
- 年数の水増し。「実務5年」と書けば、5年分の技術の変遷を生きてきたはずである。だから面談側は年表で聞く。「そのバージョンからの移行で、何が変わりましたか」。水増しされた年数は、時間軸の質問に答えられない。
- 役割の格上げ。「リーダー経験あり」の中身を、面談側は名詞ではなく動詞で聞く。「見積もりは誰がどう作りましたか」「遅延したとき、何をしましたか」。補佐をリーダーと書き換えた経歴は、判断の当事者として語れず、主語が「チームが」「上司が」にすり替わっていく。
- 技術スタックのコピペ。触っただけの技術を「経験」の欄に並べる型である。面談側はバージョンと設計判断を聞く。「なぜその構成を選びましたか」「代替案は何でしたか」。使った者なら即答でき、眺めただけの者には答えられない質問だ。
共通項は一つ。盛りは書類の上では崩れない。「判断の理由」を問われた瞬間に崩れる。そして、会社に盛りを指示されて面談に立たされる読者は思い出してほしい。崩れたその場で疑われ、恥をかくのは営業ではない。あなたである。だからこそ、前段のチェックリストに書いた「指示の記録」が効いてくる。
逆に言えば、これは正直な経歴の勝ち筋でもある。上に挙げた質問は、そのままあなたの面談準備リストになる。年表で語れる年数、動詞で語れる役割、理由まで語れる技術。この三つが揃ったスキルシートは、盛らずとも面談で強い。
結び—正直は、複利で効く
誤解のないように言っておく。正直に書けば必ず単価が上がる、という話ではない。市場は水物であり、案件との相性もある。契約もキャリアも、決めるのは読者自身だ。
ただ、二十年この商流の中で生きてきた者として、一つだけ確かなことがある。盛った経歴は発覚した瞬間にマイナスへ転落するが、解像度の高い正直な経歴は、現場の信頼という形で静かに複利で効いていく。単価を決めるのは紙ではない。紙の裏にある事実である。案件やキャリアの無料相談は本サイトの相談窓口へ。あなたのスキルシートを、盛らずに強くする手伝いならできる。
FAQ よくある質問
SESで会社から経歴詐称を指示されたらどうすればいいですか?
まず指示をメールやチャットの記録に残した上で、拒否するのが原則です。経歴詐称の指示を「違法な業務命令」と認定した裁判例(東京地裁2024年7月19日判決、2026年2月に最高裁で賠償確定)があり、労働局や弁護士への相談も有効です。詐称を前提とする会社からの転職も選択肢ですが、最終的な判断はご自身で行ってください。
経歴詐称がバレたらエンジニア本人も責任を問われますか?
問われる可能性があります。準委任契約は民法上いつでも解除できるため現場は即終了となり、重大な詐称は懲戒解雇事由にもなり得ます。発注側に損害が生じれば賠償請求の対象になり、面談で自ら虚偽を述べて報酬を得ていた場合は詐欺罪(刑法246条・10年以下の拘禁刑)が問題になるリスクも指摘されています。会社主導でも「言わされただけ」で済む保証はありません。
研修期間をスキルシートに実務経験として書くのは詐称になりますか?
実務経験と偽って書けば詐称にあたります。ただし隠す必要はなく、「社内研修にて習得」「個人開発で使用」と書き分ければ経歴として堂々と提示できます。工程・規模・役割・成果物を具体的に書けば、研修や個人開発でも評価の対象になります。盛るのではなく、正確に書き分けることが重要です。
経歴を盛らずにSESの単価を上げる方法はありますか?
現実的なのは三つです。(1)担当工程・チーム規模・役割・数字を書き込み経歴の解像度を上げる、(2)商流の浅い所属先や契約経路に移る(手取りが月5万〜15万円変わる例もあります)、(3)単価の高い技術に寄せる。レバテックフリーランスの公開データではGo言語83万円、Java68万円と言語間で月10万円以上の単価差があります。ただし市場や案件との相性もあるため、最終判断はご自身で。